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見目の良い少年少女らや、やや変わった毛色の動物。
半獣と称され身内から持て余されて監禁されてた、恐らくは異能者だろう存在などなど。
どう大まかに解釈するにせよ、
その扱いに関しては“生命と意思の権利を保護せねばならない”という条件が付いて回るだろう対象へ。
潤沢な資産の使い方を間違えてのこと、
様々な娯楽による刺激に飽和し切った、富裕ならぬ“腐裕層”からリクエストされ、
下衆極まりない拉致略取&監禁を重ねていた一味の犯行。
恐らくは客の側と似たようなレベルで 金や遊び場にはそれほど困っていなかった連中が、
年嵩な人脈から珍しいものをと斡旋を請われるうちに
“俺って頭いいじゃん”と さも途轍もなく賢いことを思いついたようなノリで手掛けたそれだったのだろう。
伝手やコネ、監禁場所などには困っておらず、
そのため 今まで何とか無事に運べていたので図に乗って、取引相手の幅を広げるべく
少々派手に“オークション”なんて思いついたのがまずかったというところか。
所詮は 金満家が育成に失敗した“三文安”(ぼんくら)がうっかり手を出した愚挙暴挙に過ぎぬ。
非合法でもバレなきゃ無かったことになる…というのは、哀しいかな大人の世界の常套句じゃああるが、
なればこそ監視側だとてあの手この手で網は張っているし、何より 取り締まるのが公僕だけとも限らない。
今回 目出度く“裏社会側のその筋”に察知され、あっさりと破綻し畳みかけられているわけで、
公的機関なら白日の下での公正なお裁きに運ぶわけだが、
そっちじゃあない差配に首根っこを押さえられたからには 公平な対処など下されるわけもなく。
“やらかしたことの大きさのせいで、親御にも制裁が待ってるわけだしねぇ。”
繁華なところじゃあ建物がひしめき合うこの街のそれにしては いやに空が開けていた埠頭近く。
各種見本市会場のある広大な区域での 夜陰の中にて捕り物となった現場は
いつもの厄介ごととあまり変わり映えのしない級の修羅場だったが、
主犯たる当事者へ
監禁場所を提供したり逃走に加担する格好で関わってた手合いの中に、
外交筋だか経団連だかのお墨付きを頂いている商社が数社あった案件だったそうで。
よって、現場へは突撃敢行しても良かったものの、
複雑に絡み合ってた罪科を表舞台にて一刀両断する際には
人質代わりに巻き込まれていた 事情知らずな資産家や何やを遠ざける必要があるとかどうとか、
外づらが大事な“関係筋”から突っ込まれ、
帳尻合わせのスペシャリスト揃いな異能特務課でさえ 腰が重くなってのなかなか表沙汰には出来なんだ案件で。
攫ったわけじゃないとして パーティーに招く格好で自分から来させたり、
世にも不思議な“異能”というものがあるなんて知らない相手に
奇怪な姿の実子をその筋のものだと信じさせ、
厄介払いを請け負うよと吹き込んだ末、ではと任された格好で連れ出したりと、
周到で悪辣な手口を重ねていた…の割に、結局は偏った世間しか知らぬ連中で。
外づらへのケアなんて過ぎるほどに万全なその上、
何処へも遠慮など要らぬような級の 裏社会の雄が出て来て踏みにじれば、
手も足も出ないまま陥落したよなレベルの、所詮は素人仕立てな案件だったわけで。
実際、ここから先は鴎外の さじ加減な “制裁ショー”となる流れ。
大権門ほど表向きにはお構いなしとなるものの、
中途半端な成金辺りは、ポートマフィアの金蔵、あるいは隠れ蓑として永劫繋がれるのだろうから、
判りやすく凋落するより その方がよほど不幸に違いなく。
具体的にどうのこうのとまで言っちゃあないが、そのくらいは察しもしよう
むしろ それを貸しにすることで鴎外への助力を進言した太宰としては、
“敦くんも、肩書を恐れられてただけで異能持ちだってことまで知られていたのかどうなのか。”
内偵にと潜入していた探偵社の狗ということへ、
もしやして租界担当の軍警が出て来るのかと慌てふためき、恐れをなした末に監禁されたようで。
殺してしまって遺体を容易に放置も出来ぬ存在だと察したまでは賢明だったが、
“小芝居設けて彼の子の良心に訴えて 抵抗を封じた辺りも、
思えば素人が考えそうな手管だったわけだしね。”
そんなところまでお見通しな誰かさん、
のんびりと、いやいや悠然とした足取りでとある場所へと歩みを運ぶ。
忘れものみたいにぽつぽつと足元へ置かれた
店名の入ったくすんだ照明が頼りなく照らす細い路地。
遠くでカラオケにかぶって調子はずれの歌声が聞こえ、
それへ有線だろうか古い歌が絡まって妙に人懐っこいBGMとなっている。
そんな筋からさらに外れた路地へと入れば、
何もなさそうな暗がりのどこかから
それは偉そうな言いようで、誰ぞをこき下ろしているおしゃべりが聞こえてくる。
十代そこそこか、だが場所柄から言って案外と三十台近い微妙な年増かも。
つけつけとという表現がぴったりしそうなくらい、
息継ぎもないままというよな勢いで滔々としゃべり続けており。
「馬鹿よねぇ、何の疑いもしないんだもの。」
何処のスパイか知らないけれど、
貴方が逆らえば私がこの人たちに殺されると怯えて見せれば一発だった、
所詮は警察系の、何処かの探偵とかいう肩書の子だったわけで。
あれがやくざやマフィアの息が掛かってるような子ならこうはうまくいかなかったでしょうけれど、
そうじゃないことくらい私にはあっさり見抜けたわ。
サロンでちょろちょろとドリンクサービスしてたの、女の子たちが目を付けててさ。
それくらいならまあいいけど、
KくんとかJさんも “見ない顔だね、ふぅん新入りなのか”なんて気にし出しててさ。
確かに毛色が違う子だったし、
真面目そう? 正直そうで、目は引いてたみたいなのがむかついた。
正体を怪しんでて目ぇ付けてたのかっていうのはさすがに後で聞かされて判ったんだけども。
正義がどうのなんて振りかざしてても、こんな裏社会じゃあ通用しない、
甘ちゃんなんだってことせいぜい思い知ればいいんだわ、と。
傍に話し相手がいるとは思えない、携帯でどこかへ報告でもしているのかと思えた一方的な弁舌で。
鬼の首でも取ったかのような口調だったので、聞いてる側は辟易しているものか、
延々と一人の声ばかりが続いている 言い訳大会状態だったところへ、
「やあ、キミがウチの秘蔵っ子への枷に引っ張り出されたお嬢さんだね?」
「え?」
不意打ちのような声が割り込んで、さすがにギョッとしたものか、
立て板に水とばかり続いていた御託がぴたりと止まる。
何処にでもいそうな、水商売系の装いをした小柄な少女が
薄い肩を驚きに跳ね上げたそのまま振り向けば、
そこには見知らぬ男が一人立っており。
行きつけのホストクラブにもそうはいなかろう、
およそ凡人には縁のなさそうな、俳優ばりの美丈夫が立っている。
ただ美形なだけじゃあなく、上背もあっての印象的で、
何より どこか含む陰もあっての魅惑を孕んだ
謎めきの美男が唐突にひょこりと現れた意外な展開へ。
なかなか偉そうに、
見ず知らずな自分が人質だと言われただけで抵抗を辞めた馬鹿正直な偽善者だったと、
本来なら恩人でもあろう 虎の少年をこき下ろしていた少女が器用にも一旦停止状態となる。
「先程から随分な評価を下してた男の子のことだよ。」
そんな風に付け足した彼だが、
声は聞こえても意味が把握できない態の少女であるらしく。
それほどまでに不思議な青年だからで、
唐突な出現も合わせ、理解が追い着かなくて目が離せないという状況にされている。
夜目にも輝く桜のように、存在感のある美貌の男だ。
尖った覇気の残滓を振りまいて派手だというわけじゃあない、
むしろ知的に冴えての物静かな雰囲気をまとっていて、
一旦視野に入るとどこか翳りのある色香がぐいぐいと気を引いてやまない。
吸い込まれそうとはこのことか、意識する前から視線が外せない。
そんな彼女の呆然とした沈黙をおずおずと崩したのが、
「あの、もういいですか?」
実は独り言独演会じゃあなかった、
スマホの向こうじゃあなくのすぐ傍らに居た青年が
やや安堵しつつも まだ緊張しきりという複雑微妙な顔のまま、
後から現れた恰好の男へ恐縮しきりという態度でいるのへ、
「…ちょっと、どういうことよ。」
薄々何かを察しつつ少女が訊けば、
味方よねと言う気配にだろう、忌々しそうに舌打ちする彼を、
いかにも慈悲に満ちた柔らかい笑顔で遇し、
「知らせてくれてご苦労だったね。
でも、うちの子を見捨てた罪は雪がれちゃあいないから忘れないように。
また何かあったら連絡するよ。」
「は、はいっ。」
笑顔と裏腹、結構怖い言い回しもあったせいだろう、
尻に帆掛けてという表現がそのまま当たりそうな加速つけ、
わたわた出て行った青年であり。
そんな成り行きに、さっきから威勢よく話してた武勇伝ごと、
この男が少女にこそ用があるのだというのは明白な流れだというのが、
悧巧のつもりでさかしいだけな彼女にも重々伝わった一幕で。
「…な、何なのよっ。」
強がりぽく声を張るが、
得体の知れない存在には違いないと虚勢を張っているのが明らかだが、
マフィアやゴロツキのような揮発性はなく、むしろ文学青年のような雰囲気さえする相手。
だが、連れがああまで怯えたからには、
見た目と裏腹 恐ろしい存在に違いなかろうというのは判ると、混乱しかかっておれば、
「敦くんをえらくこき下ろしてくれていたけれど、あの子はあれでいいのだよ。
我々にとっての良心のようなもの、一種のよすがのようなものだから。」
大粒のアーモンドのようにくっきりと形の良い目許を、
睫毛が重なり合って けぶるようにたわめつつ、
甘やかに低めた声でこう紡いだ。
「いっぱしの悪女ぶっているようだが、
だったらもっと箔を付けさせてあげようじゃないか。
山ほどの艱難辛苦を堪能して、
酸いも甘いも知り尽くした深みのある女性に変身というのはどうだい?」
神懸かりな級で精緻な美貌に、何やら意地の悪い笑みが滲む。
少女が背条に冷たさを覚えたのは、こういう人物に覚えがあったから。
残忍な事への罪悪や後ろめたさなど知らぬ、
むしろ倒錯を快美と親しむようなやや捩れた感覚を持つ人間ででもあるかのような貌だ。
貶められたらたまらないからと、必死で自分も“そちら側”に居ようとなぞった思考。
だが、根っからのそういう人物が何を礎に“そう”でいられるのかはまだまだ判っていなくて。
正体の判らないものへの畏怖が襲い、背中を冷たく強張らせてくる。
探偵社の話をし、探偵社の密偵を仲間と言ったはずの人物が、なのにこうまで胡乱だなんて。
自分が知る裏社会は、まだ序の口だと思い知らされたようなもの。
そんなところをうっすらと思い知っておれば、
「…後始末はお任せを。」
そんな声が不意に割り込み、砂色コートの男が ふふと傍らに向けて笑みを逸らした。
「やあ、さすがは察しがいいね。」
軽い当て身で昏倒させても良かったが、それではお仕置きにはならぬ。
一応一人で姿を見せたのは
人を舐めくさってる彼女のその態度こそ抉ってやりたくて丸腰な風体を装ってただけのこと。
衣嚢から取り出したスマホで、さて馴染みの始末屋へでも連絡するかなと思っておれば、
空き地に通じる細い路地からの声がかかり、漆黒の青年がこちらへと踏み出してくる。
その後から、溢れ出すように駆けだしてきた黒服の男らが数名いて。
なんの説明も指示も聞かぬまま、有無をも言わさず手際よく、
少女を羽交い絞めにし、結束バンドで後ろ手にさせた両手首を束ね、
膝裏をとんとついてその場へ座り込ませるまで数秒かかったかどうか。
「な、何なのよぉ。」
傲岸不遜な態度もどこへやら、
翻弄されるのはさすがに怖いか、泣き声の一歩手前という声になった少女へ、
月光に照らされた陶貌人形のような青年の、表情の薄い白いお顔が向けられて、
「なに、貴様が嬲った少年が とあるお人の寵愛児であったまでのこと。」
やや小むつかしい言い回しをされたが、この展開からの言いようならば気がつかない方がおかしいくらい。
中途半端に賢しい、要領がいいつもりな彼女にもそこは素早く通じたらしく、
「そ、そんなの知らなかっただけじゃないっ。
何で? 何でアタシだけ いたぶられなきゃなんないの?」
恐慌状態の少女だが、無論 聞く耳は持たぬまま、
細い顎をしゃくった芥川の指示に従い、
男らが粛々と抱え上げ、自分たちが出てきた路地へ引き摺ってゆく。
闇に飲まれるのを怖がるような悲鳴がしたが すぐにも潰され、
あとには黄泉の地のような静寂が潮風に乗って届くばかり。
遠い汽笛か、工場からの何かしら合図の響きか、
掠れた音が何合か響いてからののち、
「中也にはナイショだよ。」
そんな寂寥の音に馴染むよに、
しっとりした低められた声が続いて、醒めた月光の帳に溶けゆく。
そんな段取りがあったなんて知ったら 仕置きに加わりたかったと愚痴られそうだし
馬鹿正直だから、あの子も実は仕込みだったって事実が敦くんにも伝わりかねない。
そんな付け足しを太宰が口にしたのへ、
さして表情も変えぬまま、芥川が短く応じる。
「御意に。」
どうせ大した仕置きなんてしなかろうというの、禍狗さんへも通じている。
もう十分に恐怖は与えた。
多少ほど夜の街を知っている程度で 世の中舐めてるとこういう目にも遭うのだと、
心底“怖がらせて”やりたいだけ。
年端のゆかぬ少女へのさりげない恩情…というよりも、
子供相手に本気になっても余計な手間が増えるだけで馬鹿々々しいと感じた方が先。
何なら若いので悪戯してやってもいいぞと、言ってはないが
手を出すなとも言ってないので そこらは黒服構成員たちの解釈で。
裏社会の仕置きにしちゃあ甘い甘いやりようを下し、
さて、それじゃあどっかで食事でもして帰ろうかと。
やんわり笑う若師匠に片頬での笑みにて誘われ、
小さな咳をこぼしてから、黒獣の主も是と応じて歩み出す。
“何でも察してくれるのが助かるなぁ。”
自分が仕込んだからだというのは棚に上げての、
そんな風に緩みつつ、だがだが、
虎の子くんの、清廉ともちょっと違う、でも目映い正直さへ
恐らくは淡く惹かれているところまで自分とお揃いなのへは、
ちょっと警戒するお師様で。
“どうなんだろうね、実際のところ。”
あの年端もゆかぬ阿婆擦れな少女に易々と丸め込まれた敦といい、
もしかせずとも国木田も その敦に押し負かされた経緯がある辺り、(鏡花を連れ戻した辺りの経緯)
正道と現実の鬩ぎ合いに苦しむタイプなようで。
国木田のは世の理屈も判った上で正義の側に地盤があるから振り切るよすがもあるけれど、
敦はまだまだ無垢なところが強い。
あんな地獄に居たにもかかわらず “現実はそういうもの”とはならないみたいで。
むしろそんな殺伐としたことを認めたくなくて、
それを肯定しない存在であろうとし、自分だけでも頑張っているという感があり、
“どっちが正しいかと決められないことだよねぇ。”
哀しいかな、世は教科書通りには回っちゃあいない。
それが正解だが、でもそれだと遠回りだったり、
途中でどんどん追い越され馬鹿を見ることだったり。
理想と現実というのとも微妙に違う、齟齬のようなものが厳然と存在するのが困りもの。
まるで高速道路で車間距離を守るがの如くで、
正しいことをしているだけなのに、思わぬ損をし、狡い連中から阿呆な物知らずめと嘲笑される。
それが痛々しいと力づくで正して(?)やった方がいいのか、
いやいやキミだけはそのままでいてと完全防御してやるか、
“でも、それもまた押し付けになるのかもだしなぁ。”
そういやどっかの蛞蝓さんも微妙に融通が利かなくて、
馬鹿正直だったり、要領が悪い子を見かねたりした挙句に損ばかりしていたの、
こっちは馬鹿呼ばわりして笑い飛ばしてたんだっけねと。
そうはならぬようという方向でも
文字通りの拳で叩き込んで育てた黒い狛くんでさえ、
あの敦くんに対しては、ただの凡人、戦い慣れてもない存在と言いつつ、
いちいち看過できないと食って掛かってばかりいた。
太宰が引き立てていたからというだけで ああまで揮発性の高いお怒りを生むだろか?
当初は腹立たしさから、今はあぶなかしくってだろう ついつい目が行く、
そんな対象であるらしいと察せられ。
“罪な子だ、まったくvv”
天使は純潔のあまり清濁併せ飲めなくて、
結果、已む無いウソも許さない無慈悲な存在と謳われがちだが。
慈悲深ければればで、融通の利かぬ天界から堕とされかねず、
それは勘弁と周囲の人間があたふたしてしまうのと、果たしてどっちがいいのやら。
そんな少年とゆかりも深い、真珠色の望月を見上げ、
何とも歯がゆい苦笑が止まぬ太宰であった。
〜 Fine 〜 19.10.29.〜11.10.
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*要領よく生きた方が辛い目を見ずに済むけれど、
だからってそれを威張っていいものか。
まだちょっと反抗期系の大人未満な誰か様が、
真っ直ぐ素直な虎の子くんの、
それが魅惑でもある性分を、でもなぁ…と危ぶんでおいでというお話でした。

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